ひとつ前のブログで紹介したパン屋で。
ここのパン屋さん、二人で切り盛りしています。
私が行った昼時なんて、ざっと10人は狭い店内で客が待っているから
てんてこ舞い。みたい。
でも二人はとてもいい感じの人たちだから
喜んで待ちます、自分の順番。
昨日、いざ我らの番!となったとき
「次は誰の番かしら」と店員さんが言うので
「私たちです」と言うと同時に、後ろから犬を連れた小奇麗なシニヨーラが一言、
「この中国人たち」と。しかもいらっとした表情付き。
ま、そう見えたのならそれでいいんだけど、
そこで別に中国人だとか、日本人だとかっていう言い方するのってどう?
普通に
「この女性たちよ」で済むことだと思うんだけど。
・・・なんて思っていると常連M嬢はすかさずに
「日本人ですよ、私たち」と笑顔で一言。
シニョーラは「え?イタリア語わかるの?」ってな表情で
驚いていましたけど。
6 件のコメント:
こういうのイヤですね。
日本人と中国人の区別のつかないイタリア人でも、「チネーゼ」と表現するだけで、その人を卑下している事には間違いないと思います。
中華レストランは敬遠され、連日のように中国人のインチキ工場の摘発が、テレビで報道され、問題のある食品の輸入や管理が、大きな問題になっていますからね...
日本人のことを知っているイタリア人が、如何に日本人が優秀であるかと言う事を知っているだけに外見で区別のつかないイタリア人には、みんな同じと言うのは、トテモ残念です。
supertoscanaさま
先日のコンサートのときもそうでしたが、
身なりもきちんとして、
年も重ねている方だったので
見かけで判断してはいけませんね。
「『日本人ですよ、私たち』と笑顔で一言」という態度が素敵だと思います。
そこで感情的になるのではなく、京都のおばさんように、心ある相手を恥じ入らせるような対処が求められるのだと思うわけでした。
もちろん、中国人にもいろいろいて、みんな一括りにしてはいけないのはわかっていますが。
駄菓子さま
日本にいたころはあまり感じなかったのですが、
ここに住み始めてからこういういことを考えさせられることが多くなりました。
わからないなら発言しなければいいのにと思いますが、
概してイタリア人は単純なので、
深く考えずにそのまま言葉になったりね。
まぁ、中国人と日本人の間にある
大きな溝と実際の性質上の違いは
イタリア人がアルバニア人と一緒にされるのを
嫌がるのと同じくらいのレベルなんだろうけど、
それがわかってもらえないのよねぇ。
albero4さま
なかなかデリケートな問題だよね。
しばらくの間、心のどこかにこのことが
ひかっかってしっくりきませんでした。
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